曽我部隆志は、こうして生きてきたNo.2

【おじの言葉】

就職できなかったTAKAにおじさん行った言葉。

「お前みたいなやつは、
曽我部家にも寺井家にもいらん。
お前はクズじゃ。」

親戚にまで裏切られた思いでいっぱいになり、
人が怖くなって、外に出ることが出来なくなった。

引きこもり。

パニック障害。

生きてる事を確かめる為に…
自分の体を傷つけて感情処理をする為に…
リストカットを繰り返す。

何も考えない為に…
現実から逃避す為に…
大量服薬を繰り返す。


そしてとうとう、自殺未遂。


母に発見され、病院へ。
救急車で大きな病院のICUに入院。

その後、心療内科にかかる。
週2回の外来受診と、
ソーシャルワーカーさんのカウンセリングを受ける。

HYDEさんという存在】

20歳。
成人式のお祝いに、HYDEさんのチケットを母がプレゼントしてくれた。
感動して泣いたのは初めてだった。

HYDEさんのLIVEに行く。H
YDEさんのために生きていこうと決意。


ライブの感動を共有したい思いから、
ファンクラブに入りHYDEさん友達を作る。

もっといろんな場所のライブに行きたいと思うけど、
方向音痴だし、人が怖くていけない。
そんな自分を責める。

HYDEさんのライブ会場では人が怖くないのに、
それ以外の場所では人が怖く感じてしまう。
自分で自分を理解できなかった。


パニック発作を起こしながらも、
母に付き添ってもらって、
東京、大阪、福岡にもライブに行く。

その頃の僕の夢は、
普通に働いて、1人でHYDEさんのライブに行くこと。


いい歳していつも母と一緒にいる僕を気持ち悪がって、
離れていった友達もいた。

ライブの道中パニック発作を起こして死にそうになっても、
他のファンの子には負けないと言う思いで、
行くと決めたライブには行った。

【どこまでもうまくいかない日常】僕の恋愛観

病院の紹介で、作業所やデイケアに行くけど、
どこにも馴染めずにいつもトラブルになり、転々とする。

今みたいに、ADHDというものが理解されていなかった時代。

僕の行っていた施設は、統合失調症の人がほとんどだったので、
僕のように身なりが派手で、こだわりが強くて、思ったことをズバッと言う人は、
施設のスタッフさんも利用者さんも初めてで、どう接して良いのかわからなかったらしい。


20代後半。

HYDEさん以外で初めて、
心から好きだと言える人との出会い。
お付き合い。そして別れ。

その人の歳の数だけ、ピアスをあける(全29個)

その人の影響で、
コーヒーが大好きになる。

コーヒーを勉強して、カフェを開こうと頑張るが、
空回りして潰れる。


「こんなに頑張ってるのに、全然うまくいかない。」


「どうせ僕は何をやってもダメなんだ。」


「僕をダメにしたおじさんに復讐してやる。」


「おじさんもおじさんの大切な人も全て殺して、
僕の人生も終わらせてやる。」


そんな思いで頭の中がいっぱいになっていった……

(画像)

【心理学との出会い】

30歳の時。

「海老天つきのうどん+おでんをゴチそうするから、
一緒に心理学のセミナーを受けない?

と、母に誘われて参加してみる。

だるいなと思いながらも参加することにした。
そのセミナーのテーマは「嫌いな人」。
僕は叔父さんのことを書いた。

あまりにも酷いことを書いたものだから、
頼んでもないのに、講師の方がプチカウンセリングをやってくれた。
その中で、
「『僕は、甘えん坊です』って言ってみて。」
と言われた。

意味がわからなかったけど、海老天つきのうどんが食べられないといけないので、
僕は甘えん坊ですととりあえず言ってみた。

そのセミナーでは、
初対面の人とランチを食べたりもした。

初対面の人と食事をすることがとっても苦手だったけど、
意外にもすごく楽しくて、終わるのが寂しくなった。
グループの人たちとお別れするのが悲しくて泣きそうになった。

今まで味わったことないのない感情に、自分でもビックリした。


でもね、

セミナーが終わって、約束のうどんを食べに行く道中に、
講師の人が言った、「僕は甘えん坊です」と言う言葉と、
おじさんのことをふと思い出した。

確かに僕は甘えん坊かもしれない。
学校を卒業して行き場所がなかった僕は
誰かに優しい言葉をかけて欲しかったんだって気づいた。

急に呪いが解けたような感じで、
小さくて柔らかくて弱々しい感情が、
ザーザー降りの雨のように僕の心に降り注いで、すごく優しい気持ちになれた。

それが、僕と心理学の出会い。


続く・・・・・・・・・

いかがでしたか?
TAKAさんは幸せで悩みなんてないんでしょって言われるけど、
僕もあなたと同じように苦しんでドン底も味わってます。

あなたが、自分を変えて幸せになりたいと言う思いを諦めない限り、
勇気を出して、ちょっと行動を起こすだけで、人に出会う事ができます。

僕たちは人付き合いで傷ついてきたけど、
変わるきっかけをくれるのも、出会う人なんです。

僕の人生を変えてくれたのは、全て出会った人でした。

あなたもきっと、僕のように幸せを感じながら生きることができます。
生きててよかったーって思える日は必ずきます。


曽我部隆志の生き方を見て、
何か少しでも勇気になったら嬉しいな。
自分も変われるんだと思ってもらえたら嬉しいな。

曽我部隆志はこうして生きてきた3も、読んでみてくださいね。

ADHD.パニック障害.親子関係の悩み.引きこもり専門
日本1ゆる〜いカウンセラー曽我部隆志ことTAKAでした

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